とくに考えもせず、ぼんやりぷかぷかしていると、一隻の魚雷船が私のもとにやってくる。そういうやつらにとって、この海は戦場であり、自分のテリトリーになるべきものなのである。ふと気づけば、彼らは私の真横にパーキングのように船を停めさせる。そして、まじまじと見てから、なにかないかと私の瞳を覗き込もうとする。なんもねーよ。と思う。
真意なんて、測るべきものではない。ある人の根幹そのものになりたいという欲望は時より大きな原動力と成功へと導く。それも手段です。得るためなら、なんだってしたって構いません。同じように生きても、何しても得られるならば幸せになれる。でもきっと、いつかそんな世界に嫌気がさすだろうと、私ならばそう感じるだろう、と思う。
私は自由に幸せになりたい。全てはそういう願いから生活は紐づいている。創作も、気持ちも、すべてそこから始まる。自分の自由を手にしたいという気持ちは、世界は必ずしも同じように位置してはくれないから、せめて、変わりゆくものにも添えられるような手段を増やしておきたいと考えてやっている。世界は留まってくれない。人は裏切る、自分も裏切る。何かが必ず、直接的ではなくても、信じていたものを妨げるような、失くすようなそんなタイミングはいつか訪れる。物事に永遠はない。だからこそ、自分のために、自由のために、なにが私なのかを考えようとする、そして描こうとする、と思っている。
そのためには、何をすればいいのか?と聞かれたらあまり思いつかないのだけれど、焦らず、自分の手元にあるもの、周りの人とのつながりを大切に、より自由になるための選択肢を増やせたらいいなあ〜と思いながら、生活をする。ご飯を食べ、体を動かし、本を読める時に読み、眠くなったら寝る。すぐに答えは出ない。でも、なんとなくどこかに出かける日を増やしたり、気の合う人と話す。
なぜなら、何をしたって、暮らしというものが全ての始まりだから。創作というのは二次的なものにすぎない、と思う。
それを妨げる奴はもう、知らんです。と思って最近は頭の中から消すようにしているし、束縛されていた記憶がどんどんと穏やかになっていくたびに、生活への気配りの目線が行き渡るようになった。
だからね、無理しないようにしたい。と思う。今年は忙しくてずっとめまいがしていたけど、でも前よりもずっと穏やかで気が楽だった。今の自分も、作品も、未来永劫居続けてくれるわけじゃない。そのために、今目の前にある生活を満たすことが大事なんだと思う。
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